働きかたを編集する

働きかた編集者 山中康司の備忘録

ニュートラルゾーンで転機を味わい尽くす-ブリッジズのキャリアトランジション論②-

前回のエントリに続き、ブリッジズのキャリアトランジション論についてご紹介します。

 

ちょこっとおさらいをしておくと、「トランジション」とは「節目、転機」という意味。

 

ブリッジズは、転機を次の3つに分けていたのでした。

 

第1段階……終わり

第2段階……ニュートラルゾーン

第3段階……始まり

 

キャリアの転機においては、きちんとそれまでの状態を”終わらせる”ことが大事。そして、”終わらせる”ために必要なのが、「ニュートラルゾーン」だとブリッジズは言っています。

 

ニュートラルゾーンとは

 

「終わり」の段階は、結構苦しいもの。それまで慣れ親しんだ人や環境から引き離され、自分は何者であるかということが分からなくなったり、それまでの価値観が崩れそうになってしまったり、今後どの方向に進むべきかわからず途方にくれたり、と言った経験は、多くの方が身に覚えがあるのではないでしょうか。

 

そうした苦しい時間は、さっさと終わらせて次のステップを踏み出したいもの。でも、ブリッジズはそうした誘惑を否定します。上記のような感覚から逃げることなく、味わい尽くすことを通して、新しい「始まり」を切ることができるのだと。

 

恋愛で言えば、前の恋人への未練を断ち切ることができなければ次の恋には進めない、ってことですね。

 

その”終わりを味わい尽くす”時間が、ニュートラルゾーンと呼ばれる段階。ようは、宙ぶらりんの状態です。

 

”終わりを味わい尽くす”6つの方法

 

では、具体的にどのようにしたら、ニュートラルゾーンで”終わりを味わい尽くす”ことができるのか。ブリッジズは、ニュートラルゾーンの体験を意義あるものにするための具体的な対応を6つ挙げています。

 

  • ひとりになれる特定の時間と場所を確保する
  • ニュートラルゾーンでの体験の記録を付ける
  • 自叙伝を書くために、ひと休みする
  • この機会に、本当にやりたいことを見いだす
  • もしいま死んだら、心残りは何かを考える
  • 数日間、自分なりの通過儀礼を体験する

 

つまりざっくりまとめれば、ひとりになって来し方行く末を考えてみる。そのためには自叙伝を書いたり、通過儀礼としてのひとり旅をしてみたりする。そこで沸き起こった感情を記録して、自分のこれまでとこれからに意味付けを見出していく。ということでしょう。

 

僕自身、キャリアに悩んだ時はひとり旅にでます。四国をバックパックを背負って回ったりとか、琵琶湖を一周したりとか。そんな時間が取れない時は、近場で静かなスーパー銭湯に1日中こもります。どちらの場合もノートを持って行って、生まれてからこれまでを振り返り(モチベーション曲線を書くと振り返りやすいかも)、そこからこれからどう生きていこうかを考えます。

 

すると、モヤモヤしてたものが「これはこういう意味があったんだなぁ」と気づけて、パッと視界が開けたりするんですよね。

 

僕の場合ひとりでいるのが苦にならない正確なのですが、「いつも誰かといることが多くて、ひとりは苦手」という方も、キャリアの転機には思い切ってひとりになってみることをおすすめします。自分を深掘りしていけば、新しい自分と出会える貴重なチャンスですから。

 

転機はポジティブなもの

 

キャリアの転機は、どうしてもモヤモヤというか、ネガティブになってしまいがち。ですが、人生においてかけがえのない時期なのだと僕は思っています。

 

転機って、望んでも必ずしも訪れるものではないですよね。転機を転機と気づかず、あるいは転機があってもしっかり味わい尽くすことをせずにいると、せっかくの成長の機会を逃してしまうことになります。

 

もし「今、キャリアでモヤモヤしてるな」と思ったら、それは新しい人生を踏み出すチャンスなのかもしれません。悩んだぶんだけ、次の一歩は軽やかに、明るい気持ちで踏み出せると信じて、転機を味わい尽くしてみてください。

 

 

働き方にモヤモヤしたら、それは自分が変わるチャンス-ブリッジズのキャリアトランジション論①-

「自分はこのままの仕事を続けていいのだろうか」と思うときが、人生の中では誰にもあります。

 

僕にも経験がありますが、そういう時期というのはなんとも居心地が悪い。いつも胸にモヤモヤとしたものを抱えている感覚がして、目の前の仕事に意味を見出せなくなってしまったり、空虚感を感じたりします。

 

キャリアの転機としっかり向き合う

そうしたモヤモヤから、どうしても目を背けたくなってしまいがちです。でも、モヤモヤした時期は見方を変えれば、自分が変わるチャンスでもあるんですよね。

 

例えるならばサナギの状態。上手に過ごすことができれば、それまでとは全く違った自分に生まれ変わることができるのです。反対に、モヤモヤから目を背けてしまうと、自らが変わるタイミングであるにもかかわらず変わることができずに、チャンスを逃してしまうことになってしまいます。

 

 

終わらせなければ、始められない

 

キャリアについての理論でも、転機に関する理論はいくつもあるのですが、今回は紹介するのはアメリカの心理学者であるウィリアム・ブリッジズの「キャリア・トランジション論」。「トランジション」とは「節目、転機」という意味です。

 

ブリッジズは、転機を次の3つに分けています。

 

第1段階……終わり

第2段階……ニュートラルゾーン

第3段階……始まり

 

転職、失業、結婚、失恋……望むと望まざるとにかかわらず、人生の転機はやってきます。そんなどの転機においても、「終わり→ニュートラルゾーン→始まり」の段階を経て乗り越えて行くことになります。

 

転機については、どうしても「始まり」に意識が行きがち。転職で言えば、「次はどんな仕事をしようか」「どんな会社につこうか」といったことですね。

 

しかしブリッジズによれば、始まりを考える前にそれ以前のことを終わらせなければ、始めの一歩をしっかりと踏み出すことはできません。つまり、「しっかりと終わらせる」ということの大切さを指摘したという点で、ブリッジズの理論はとても示唆に富んでいます。

 

転職の例で言えば、それまでの仕事のどこが好きで、どこが違和感があったのかなどをしっかりと言語化できないうちに、ただ「自分には合ってなかったから」という理由で転職をしてしまうと、また同じような壁にぶつかって「やっぱり違った」となってしまいかねません。

 

「終わり」の時期は、ブリッジズによればアイデンティティの喪失やコミュニティからの離脱、人生の目標や方向性の喪失など、とても苦しい経験をする時期なのですが、そうした経験から目を背けず、とことん味わい尽くして”終わらせる”ことが重要なのです。

 

”終わり”を味わい尽くすための「ニュートラルゾーン」

 

このように、「終わり」を味わい尽くすことで、ポジティブに次のステップを始めることができ、キャリアのモヤモヤを自分が変わるチャンスに変えていくことができるのです。

 

さて、終わりを味わい尽くすためには、一人になってじっくり自分と向き合うことが必要です。そうした時間をブリッジズは「ニュートラルゾーン」と読んでいます。転機の2段階目ですね。長くなったので、このニュートラルゾーン」についてはまた次回にご説明できればと思います。ではまた。

 

 

学生こそライターをやった方がいいと僕が思う理由

ぼくが大学生の時は、「どれだけはやく、大きな企業から内定をもらえるか」が大事だと思っていましたが(結局就活しなかったけどね)、「この寄り道は、きっと近道になる。」とうたう、ユニークな大学生向けのサイトがオープンしました。

 

それが、「ぼくらとシゴト。」です。

 

www.bokuratoshigoto.com

 

「自分のモノサシ(軸)」作りをサポートする

 

どんなサイトかというと、

 

本サイトは、自分らしい生き方・働き方を目指したい大学生のための
キャリアデザイン支援サイトです。
自分らしい生き方・働き方を実現するうえで
根幹となる「自分のモノサシ(軸)」作りのヒントを記事で紹介します。

 

だとのこと。

 

この「自分のモノサシ(軸)」作りというのは、キャリアコンサルティングでは「自己理解」と呼ばれて非常に大切なポイントとされています。

 

「そんなの、みんな自己分析をやってるじゃないか」と思うかもしれませんが、よくある診断ツールや自己分析のフォーマットがあればすぐできる、というものではないのです。自己理解は、なにかを経験し、その経験を通して感じたことを自問自答していきながら、自分の興味や能力、価値観を探っていく…そんなプロセスを繰り返し行うことで、だんだんと深まっていくものです。

 

ちなみに日本キャリア開発協会では、このサイクルを「経験代謝」と呼んでいます。経験を思い出し、それへの意味付けを見出すサイクルを新陳代謝のように回していくことで、自分のことを知っていく、ってことですね。

  

「ぼくらとシゴト。」ではコンテンツとして、

  • 多様な働き方・生き方を知れる人生の先輩へのインタビュー
  • 「自己理解を深められそうなイベント」のレポート
  • 自己分析の方法を知ることができる学生ライターの自己分析体験記
  • 同じ悩みを持った仲間と出会えるリアルイベント

を予定しているそう。

 

こうしたコンテンツ制作を通して学生ライターは、インタビューやイベントという体験をし、自己のことを振り返ってみる、というサイクルを回すことができるのだろうと思います。そして読み手である学生は、その姿を通して自分も疑似体験をしながら、自己理解を深めていくことができる、という仕立てになっているようです。

 

まさに、学生が経験代謝を回しながら自己理解を深めていくことが目指されたサイトだなぁと思います。

 

学生こそライターをやった方がいい

 

「ほとんど仕事の経験がない学生のうちは、自分の興味・能力・価値観なんてわからないだろう」という意見も頷けます。実際に、社会人になって30歳、40歳、50歳、それ以上になっても、自分がやりたいことはなんなのかと迷っている方がたくさんいますし。

 

ただ、たしかに自己理解を深めていくことは人生を通して取り組んでいくべきことだとしても、やはり学生のうちだからこそ経験しておくべきことはあると僕は思うんですよね。

 

とくに、大学院生時代に編集・ライティングの仕事を始めた自分の経験からいうと、学生時代にライターをやることには次のような意義があると思っています。

 

  1. 人生のセンパイから、取材の名目でじっくり話を聞くことができる
  2. 「学生」という肩書きだからこそ、会ってくれる人・話してくれる話題がある
  3. 多様な生き方、働き方に触れることができる
  4. 記事作成のプロセスを通して、社会人としてのコミュニケーション能力を身につけることができる

たとえば、ちょっと昔の例で言えば立花隆さんの『二十歳のころ』は、東大で教えていた立花さんが20歳前後のゼミ生に、老若男女・有名無名の人生の先輩たちの「二十歳のころ」をインタビューさせ、まとめさせたもの。

 

読み物としてとても面白いのですが、当時のゼミ生にとっても、人生の先輩たちが自分たちと同じ年頃だったときに何を考え、何をしていたかを聞くことで、自分がどう生きるか考える上でのロールモデルになったはずです。取材対象者も、相手が学生だからということで熱心に話してくれたということもあるはず。

 

また、取材対象の選定から取材依頼といったことまでゼミ生がやったというので、コミュニケーション能力をつける意味でも非常にいい経験になったのではないでしょうか。

 

「ぼくらとシゴト。」は現代版『二十歳のころ』?

社会人になってみて実感することは、学生だから会ってくれた人や行くことができた場所はたくさんあるなぁということ。また、たくさんの物事を経験すればするほどまっさらな気持ちで新しい経験をすることが難しくなっていってる実感もあります。

 

だから、学生時代に新しい経験を、とくにライターをやることはすごく意味がある。「ぼくらとシゴト。」は、そんな機会を提供する、現代の『二十歳のころ』のようなサイトになるのではないかなぁと思います。

 

 

 

会社にとっていちばん大切なこととは?-『日本でいちばん大切にしたい会社』坂本光司-

もう5年以上も前のこと。合同説明会の雰囲気に圧倒されてしまって以来、「おれにはこんな風にうまく立ち回れないや…」と落ち込んで、気づいたら就職をせずに大学を卒業してしまっていました。

 

それから半年、心身ともにあまり調子が良くなく、ニートのような生活をしたのですが、いやぁ、あれはつらかった。

 

同級生はみんな大企業でガシガシ働いているであろう時間に家で寝っ転がりながら昼ドラを観ていると、たまらなく情けない気持ちになるんです。「おれ、本当に生きてる価値ないじゃん…」って。

 

ご飯が食べれないことも、清潔な家に住めないこともつらいと思うけど、「誰からも必要とされない」ってことのつらさも、それはそれは結構なものです。

 

会社にとって、社員やその家族の幸福が第一である

 

そんなことを思い出したのは、『日本でいちばん大切にしたい会社』を読んだから。

2008年に発売され、全国の知られざるホワイト企業(って言っちゃうと、ちょっと軽くなってしまうのだけど)を紹介して話題となった本です。

 

 

著者の坂本光司さんは、会社の経営を「5人に対する使命と責任を果たすこと」と定義しています。

 

5人とは、

  • 「社員とその家族」
  • 「下請けや外注先の社員」
  • 「顧客」
  • 「地域社会の人びと」
  • 「株主」

のこと。

 

この順番は、会社が大切にすべき優先順位です。つまり、会社にとって社員やその家族の幸福が第一であると。社員やその家族の幸福のためにこそ、経営者は会社を継続させることが重要だと言っています。

 

一般的に、「会社は株主のものである」「お客様が神様だ」といったように言われるので、この考え方は当時とても斬新で、世の中にインパクトを与えました。 

 

「”生きる”とは、必要とされて働き、それによって自分で稼いで自立すること」

 

僕はこの本を電車で読みながら、泣きそうになっちゃって「やばいやばい!」と本を閉じることが何度もありました。

 

とくに、チョークの製造を主に行い、全従業員81人のうち60人が知的障がい者、そのうち27人が重度の障がい者だという日本理化学工業の会長・大山泰弘さんが、50年間障がい者の方を積極的に雇用し続けていることの背景にある、次のような気付きはガツンときました。

 

「人間にとって”生きる”とは、必要とされて働き、それによって自分で稼いで自立することなんだ」

「それなら、そういう場を提供することこそ、会社にできることなのではないか。」

(引用:『日本でいちばん大切にしたい会社』51頁)

 

思えばニートだった頃の僕のつらさは、「必要とされて働き、それによって自分で稼いで自立」することができなかったつらさでした。

 

「怠けていただけだろう」という方もいるかもしれません。でも、当時はどうしても働くことができなかったのです。そして、働きたくても働けないことは本当につらかった。「自分がいなくなっても誰も困らないよなぁ」と思ってしまうんです。

 

会社は、”人が生きる場所”

 

働くことが生きることだとすれば、会社は”人が生きる場所”。

 

過労によって人が死んでしまったり、精神を病んでしまったりする人がいる会社は、”人が生きる場所”となることができていないんだろうなぁと思います。

 

別の視点で考えてみると、以前のエントリーで「分断を生むキャリアからつながりを生むキャリアへ」と書きましたが、いい会社というのは人と人、人と社会とのつながりを生む。いい会社とは言えない会社は、人と人、人と社会を分断してしまうのかもしれません。

 

 「hygge」な会社はどこにある? 

 

そういえば、デンマークでは「人と人とのふれあいから生まれる、温かな居心地のよい雰囲気」という意味の「hygge(ヒュッゲ)」という状態を、職場でも大事にしているそう。北欧のオフィスで空間デザインが素敵なのも、「hygge」を大事にしているからだとのことです。

 

kjymnk.hatenablog.com

 

「hygge」な会社は、まさに”人が生きる場所”なのでしょう。

 

日本で「hygge」な会社はどこがあるだろう。どこかご存知のところがあれば、ぜひぜひ教えてください。

非プロフェッショナルの流儀-『私の個人主義』夏目漱石-

ちょっと前のエントリーで、「僕は、プロフェッショナルにはなれないと気づいた」と書きました。

 

kjymnk.hatenablog.com

 

実際のところ、プロフェッショナルと呼べる人たちはひと握り。でも、だからといってプロフェッショナルになれない人間が不幸かといったら、そんなことないはずです。

 

もし「非プロフェッショナルの流儀」といえるようなものがあるとしたら、どのようなものなんだろうなーと考えるなかで、実は今から100年以上前の明治44年に、夏目漱石がヒントになるような講演録がありました。『私の個人主義』に収められている「道楽と職業」というものです。

 

分業が人間を不完全にする?

 

明治44年、時は文明開化のまっさかり。漱石は「職業は開化が進むについて非常に多なっていることが驚くばかり眼につく」と書いています。(『私の個人主義』16頁)

 

江戸時代までの日本では、たとえばお百姓が農業もやれば商売もやる、といったようにあまり職業が分かれていなかったのだけれど、明治になり近代化が進むにつれて、どんどん仕事の分業が進んで、職業が増えていったのですね。

 

そうした状況に対して、漱石は悲観的です。

 

こういうように人間が千筋も万筋もある職業線の上のただ一線しか往来しないで済むようになり、また他の線へ移る余裕がなくなるのはつまり吾人の社会的知識が狭く細く切り詰められるので、恰も自ら好んで不具(原文ママ)になると同じ結果だから、大きくいえば現代の文明は完全な人間を日に日に片輪者原文ママに打開しつつ進むのだと評しても差支えないのであります。(『私の個人主義』23-24頁

 

あらら、漱石さん、だいぶ大胆なことを言っちゃっています。「ひとつの仕事を特化してやっていると、人間は不完全になってしまう」と。

 

少しわかりにくいので補足をすると。

 

それまではたとえば自分が食べるものは自分で野菜から収穫したり、鶏を絞めたりして手に入れ、自分で掘った井戸で汲んだ水を汲み、服も、自分で織ったり繕ったりしたものを着ていた。だから、生きるための知恵をひとりひとりが持っていたし、誰かに依存することなく生きることができた。

 

でも分業が進んで、「おれはこれが得意だからこれをやる。その代わりあんたはこれをやってくれ」って分業が進んでいくと、自分が口に入れているものがどこでどうつくられたものなのかもわからなくなってくる。生きるための知恵が、自分が専門とすること意外わからなくなってしまう。だから、誰かに頼ることなしには生きることができなくなってしまう。

 

さらには、自分の専門のこと以外に関心がなくなって、お互い理解しようとすることがなくなり、孤立してしまう。

 

そういった状況を指して、漱石は「不完全な人間」といい、「それじゃ味気ないじゃん」と言っているのです。

 

漱石がこの講演を行ったのは今から100年以上前ですが、その指摘は驚くほど現代にもあてはまります。おそらく、高度経済成長期でさらに分業は加速して、今に至っているのではないでしょうか。

 

分業社会への反動としての「ナリワイ」

 

ただ、2010年代に入ってから、そうした状況への反動のようなとりくみも生まれています。それが、「ナリワイ」をつくることです。

 

「ナリワイ」づくりのとりくみの先駆けとなった伊藤洋志さんによれば、「ナリワイ」とは「個人で元手が少なく多少の特訓ではじめられて、やればやるほど頭と体が鍛えられて技が身につき、ついでに仲間が増える仕事のこと」。(引用:人生を盗まれない働き方 | ナリワイをつくる

 

たとえば農家の手伝いをしたり、宿をやったり、イベントを開いたり…といった比較的規模の小さな仕事であり、そうした仕事を組み合わせる生き方でもあります。

 

伊藤さんがナリワイを始めた背景にも、漱石と同じような問題意識があったようです。

 

1個の組織で1つの仕事を毎日決まった時間に行う、という生活は人類の歴史では異常なことなので、合わない人がけっこういてもおかしくない。

そこでナリワイは、そもそもライフとワークのバランスを考えるのではなく、生活から乖離してしまった仕事を個々人の手の届く範囲のほどほどの距離に近づけることを目指しています。いうなれば生活と仕事の一体化です。(引用:人生を盗まれない働き方 | ナリワイをつくる

 

生活から乖離してしまった仕事を個々人の手の届く範囲のほどほどの距離に近づける」とは、漱石の言葉で言えば「完全な人間」にもう一度近づく、ということでしょう。

 

あるいはナリワイではなくとも、今注目されている「副業・兼業」も、分業社会への反動としてみることもできるかもしれません。

 

プロジェクトx』『プロフェッショナル』の時代を超えて

 

組織として何か大きな仕事を成し遂げる『プロジェクトx』がみんなの憧れだった時代から、個人がある分野に特化して一流になる『プロフェッショナル』がみんなの憧れだった時代になり、さらに今はそうした時代への反動から、「ナリワイ」や「副業・兼業」も生き方としていいよね!という時代になってきているような肌感覚は、たしかにあります。

 

ひとつの職業、ひとつの会社に縛られてしまうことの問題を、100年前に見事に見抜いていた漱石さんは、やっぱりすごい。もっとも、近代になって進んだ分業の意義と課題については、社会学者エミール・デュルケムが1893年に『社会分業論』で論じています。漱石もその影響を受けているのかもしれません。

 

もし漱石さんが生きていたら、今みたいな時代をどうを評するんでしょうか。

 

 

 

境界ないキャリアを支える、「流動創生」というコンセプト

人口減少が進み、全国区の自治体で移住者を呼び込む取り組みが盛んに行われています。そんななか、必ずしも移住を前提とせず、流動人口(一時的にある場所に滞在している人口のこと)を増やすことにより、一人ひとりが最大の価値を生み出すような地域の取り組みがあります。

 

それが、福井県南越前町で取り組まれている「流動創生」の取り組み。そんなユニークな取り組みについてのトークイベントが都内で開催されるというので、足を運んでみました。

ryudou-sousei.jp

 

流動創生とは

 

流動創生とは、どういうことなのでしょうか。

サイトでは、次のように説明されています。

 

 これからの時代に、本当に価値あることを、本当に価値となる場所で生み出していくためには、常識や固定観念に左右されず、一人ひとりがすべきこと・いるべき場所・あるべき姿を求めて縦横無尽に動くこと、そしてそれを可能とする「流動性の高い環境」が必要です。


流動創生は、組織や個人の流動性を高めることにより、一人ひとりが最大の価値を生み出すことのできる「一億総適材適所」社会を目指します。 

(引用:About - 流動創生? - | 流動創生

 

日本全体で人口が減っているなか、各地域が移住者の奪い合いをすることは、どこかが生き残ってどこかが衰退してしまうことにつながります。一方で、流動人口を増やすことができれば、人口の奪い合いになることなく、さらにはそれまで地域内にはなかった新しい視点が地域に持ち込まれるというメリットもあります。

 

また、個人としても、価値観が多様化している今、一つの地域にとらわれない生き方をしたいという方も増えているでしょう。

 

「流動創生」はそうした時流を捉えた取り組みで、具体的には「StopOver」と、「RoundTrip」という取り組みをしているそう。

 

「StopOver」は、次のようなもの。

 

福井県南越前町流動創生拠点に滞在して地域の人々の暮らしや生業に寄り添い、地方を絡めた多拠点のあり方について具体的に理解を深めながら、「風の人」と「土の人」のギブアンドテイク構築を学ぶ合宿企画

(引用:About - 流動創生? - | 流動創生) 

 

RoundTrip」は、次のようなものだそう。(『あいのり』のラブワゴンみたいなイメージ)

 

全国各地を巡って地域の人々の暮らしや生業に触れ、地方を含む多拠点を俯瞰的にとらえながら、「風の人」としてのスキルを習得し、自分にあった「流動的なライフスタイル」を模索する旅の企画です。

(引用:About - 流動創生? - | 流動創生

 

こうした取り組みを通じて、地域間を移動する「風の人」がもたらす情報や技術が、地域に定住している「土の人」の力と結びつき、まったく新しい価値を生み出すことがあると、流動創生の仕掛け人で荒木幸子さんは語ります。(「風の人」と「土の人」という表現がすごくいい!)

 

境界なく生きる時代

 

キャリア論では、「バウンダリーレス・キャリア」と呼ばれるような、企業や職種、業界などを超えた、「境界(バウンダリー)」のない生き方・働き方が一般的になっていると言われます。

 

流動創生の取り組みも、そうした文脈のなかに位置付けられるでしょう。企業や職種、業界などを境界なくわたり歩くことが可能になるからこそ、働く場所・住む場所についても境界なく流動しながら生きることができるようになってきた。

 

そういう意味では、人口の流動を促す流動創生の取り組みは、南越前町だけでなくこれから他の地域にも広がっていくのではないでしょうか。

 

 

続・NPO職員は食べていけるか

先日の「NPO職員は食べていけるか」というエントリーをFacebookでシェアしたところ、思いがけずたくさんの反響がありました。

 

kjymnk.hatenablog.com

 

どの意見も、なるほどなぁというものばかりだったので、簡単にまとめてます。

 

まず、多かったのは「食べていけるか、という問いには、組織に食べさせてもらえるという意識が含まれている。でも、いまやNPOだろうと営利企業だろうと、自分が食べていくためにどうするかを考えるのが不可欠。」という意見。

 

たしかに大企業だろうと安泰ではないいま、どう稼いで生きていくのかはだれもが考えるべきことになっています。それはNPO職員もおなじこと、というのはすごく納得。

 

ほかには、「"食べていく=稼ぐ"ではないんじゃないか。ひたすら稼がなくても、食べていける方法もある」という意見も。

 

これは、自給自足だったりコミュニティのあいだの物々交換だったり、かならずしも貨幣経済によりかからなくても食べていくこともできるのでは、ということだと思います。

 

とくにローカルでは、ご近所さんから食料をもらえるから食費がほとんどかからない、なんてことも聞くことがあります。文字どおり"食べていく"ことがそれほどのお金なしに実現できているのかもしれません。

 

あとは、ストレートに「NPOだけど食べていけてるよ」とか、「NPOだから稼がなくていい、ではなく、ちゃんと稼がないと」というコメントも。

 

やはりけっこう「NPOってボランティアでしょ」ってイメージは根強いようにおもうのですが、実際にはそれなりに稼げるところはあるし、事業を継続するためにも稼がないといけない。「NPO=ボランティア」というイメージは、NPOにかかわる僕らのような人間がちゃんと変えていかないといけないな、と思います。

 

 

最後に、興味深いデータも。「カイシャの評判」によると、NPO法人の平均年収は250〜350万がボリュームゾーンだとのことです。これを多いとみるか、少ないとみるかはその人しだいでしょう。

 

 

以上、NPO職員は食べていけるか」というエントリーへの反響をいくつかピックアップしてまとめてみました。もしNPOに関わるキャリアを考えている方は、ひとつの参考にしてみてはいかがでしょうか。