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働きかたを編集する

働きかた編集者 山中康司の備忘録

【漫画から考えるしごと論】働くとは、人のために動くこと-『重版出来』-

自分はなぜはたらくのか。生活の糧を得るため、自己実現のため、誰かに認めてもらうため…答えは十人十色だと思います。

 

僕も大学次代からずっと、「なんではたらくんだろう」と考え続けてきました。そして、正直なところ、いまだに答えは出ません。

 

物語の内容

そんな「自分はなぜはたらくのか」を考えるうえで、とてもおもしろい漫画が『重版出来』です。

 

元柔道の選手で、勢いと笑顔と体力が武器の新人編集者・黒沢心の奮闘を描いたこの漫画では、1冊の単行本の誕生に関わる「作るひと」から「売るひと」までのドラマが描かれています。

 

出版業界が舞台ですが、仕事への向かい方、仲間とのコミュニケーションなど、出版業界以外ではたらく人にとっても多くのことを気づかせてくれる、とても魅力的な仕事漫画です。

 

働くとは、人のために動くこと

そのなかでも、とくに「いいなぁ」と思ったのは、「働くとは、人のために動くこと」という言葉。ちょっと手もとに漫画がないので(TSUTAYAに返してしまった…)正確な文言はこれで合っているか不安なのですが。

 

「働」という感じを分解すると、「人」と「動」に分けられる。「働」は日本で生まれた漢字で、働くとは、人のために動くこと」という、日本人の価値観がよくあらわれている…と、そんなふうなことが語られる場面があります。

 

お金を稼ぐため、誰かに認められるため、社会を変えるためといったように、はたらくことに対する意味合いは人それぞれですが、よく考えると、どれも「人のために動くこと」に他ならないんですよね。その「人」が、自分だったり、恋人だったり、遠い国の子どもたちだったりするだけで、きっと「人のために動く」ということは変わりないのかもしれません。

 

自分は誰のために動く?

そう考えると、「自分はなぜはたらくのか」という問いは、「自分はだれのために動くのか」と言い換えることができるでしょう。

 

僕はいまは、「家族のため」と答えます。でも、これから変わっていくかもしれません。さてみなさんは、「だれのために動く」と答えるでしょうか。

 

 

 

 

 

 

【雑記帳】キャリアって、物語なのかもしれない

もともとしがない編集者をやっていた僕が、いまではキャリアコンサルタントを目指しています。編集者とキャリアコンサルタント。一見するとまったく違うように思えますね。でも、僕のなかでこれらを仕事にした背景にあった価値観はおなじでした。

 

それは、”ひとが物語るお手伝いをする”ということ。

 

編集者のときは、インタビュー相手の語りを引き出すこと、その人自身すら気づいていない、その人にしかない物語を紡ぎだすことが、大事な仕事のひとつで。編集者の仕事はほかにもたくさんあるんだけど、働いていくなかで「あぁ、僕がいちばん楽しいと思えるのは、”ひとが物語るお手伝いをする”ことだな」と思うようになりました。

 

じゃあ、もっと”ひとが物語るお手伝いをする”ことができる仕事ってないものか。そうして出会ったのが「キャリアコンサルタント」という仕事だったんです。

 

自分という主人公が、いろんな人と出会い、困難に直面して挫折しながらも、乗り越えて成長していく…。キャリアって、”物語”に他ならないですよね。そして、脚本を描くのも、主役を演じるのも自分。そういう意味では、だれもが人生という物語の主演・脚本を担っているんです。

 

『ロッキー』のシルベスター・スタローンじゃないのだから、それはとても難しい作業に違いありません。だから、ひとりひとりが自分の物語をつくりあげていくお手伝いをする役割が求められています。それがキャリアコンサルタント」です。

 

小説家の小川洋子さんは「生きることは物語ること」と言っています。言い換えるなら、だれもが物語をつくることによって、自分の人生を意味付けている。逆に言えば、いい物語をつくれないと、自分の人生の意味を見失ったり、「なんで自分だけこんな人生なんだろう」みたいな、暗い気持ちで生きて行くことになってしまうかもしれません。

 

だから、個人が素晴らしい”物語=キャリア”をつくっていくお手伝いをする「キャリアコンサルタント」は大切で、とてもやりがいのある職業だな、と僕は思っているのです。

 

とはいえまだなっていないので、悪いところは見えていないんですけどね。”ひとが物語るお手伝いをする”という価値観は、これからもあまり変わらないように思います。

 

 

【映画から考えるしごと論】社会的活動は和を乱す?-『スポットライト 世紀のスクープ』-

「社会的活動」と聞くと、なにやらいいことをしているような印象を持つでしょう。でも、ときには社会的活動だと思えるような取り組みが、周囲の人からの批判にさらされることも。

 

映画『Spotlight』では、そんな「社会的な活動なのに、批判をあびてしまう」ジレンマが描かれています。

 

spotlight-scoop.com

 

物語の内容

2002年、アメリカの新聞「ボストン・グローブ」が、「SPOTLIGHT」と名の付いた新聞一面に、衝撃的な記事を掲載しました。ボストンの多くの神父によって子どもたちへの性的虐待が行われ、カトリック教会がその事実を知りながらも隠蔽していたというのです。映画ではひとびとに衝撃を与えたこのスキャンダルの背景に会った、ジャーナリストたちの戦いが描かれています。

 

とくに興味深かったのは、ジャーナリストたちが真実に近づきつつある終盤、教会のみならず友人や同じ地域に住む住人たちからも、「深入りするな」「記事を掲載するな」と圧力をかけられる場面。正義感にのっとって真実を追いかけるジャーナリストに対し、「社会の調和を乱さないでくれ」といったような批判が投げかけられるのです。

 

社会的活動は同調圧力にさらされる

「社会的活動」とは、とてもあいまいな言葉ですが、多かれ少なかれそれまでの社会のあり方やルールを変えることをめざしています。そのルールの背景にとても大きな権力が潜んでいたり、そのあり方がコミュニティにしっかり根付いていたりしたときに、社会的活動は「和をみだすな」という圧力にさらされるのでしょう。

 

的外れな批判を笑い飛ばせるか

ドラスティックに社会を変えようと思ったら、一緒に戦う仲間を見つけたり、批判を受け流せるくらいタフになるなどして、同調圧力をはねのけることが必要です。以前会ったことがある社会起業家は「的外れな批判は、仲間たちとの笑い話の種にしていますよ」と言っていました。なんてタフなんだろう。

 

僕は正直、そこまでのタフさはなさそうです。さて、みなさんはいかがですか?

はたらきかたに関する最新トピック3選-2016/4/27-

さて今週も、最新のソーシャルキャリアに関するトピックを4つピックアップして紹介します。

 

第三者の事業を引き継ぐ「継業」が注目集める

 

「継業」というはたらき方を選ぶ人が、いま増えているそうです。

 

継業とは、後継者が不在の経営者と継承希望者がマッチングし、事業を受け継ぐこと。

こうしたはたらき方が増えている背景には、後継者不足に悩む経営者が多くいることや、地方志向が高まっていることがあるよう。

 

すでにノウハウが蓄積されていたり、はたらく場はすでにあったりするので、起業よりも低リスクで事業が行えるメリットがありそうです。新しいはたらき方の選択肢として、チェックしてみてはいかがでしょうか。

 

doda.jp

 

虎ノ門界隈があらたなスタートアップの拠点に?

4月13日に森ビルは、虎ノ門ヒルズ界隈に3棟の超高層タワーを建設する計画を発表。あわせて発表された、新虎通り沿いの「新橋29森ビル再開発プロジェクト」で、同ビルに小割りのインキュベーションオフィスやイベントスペースを作り、スタートアップが集まるインキュベーションセンターとして機能させていくことが打ち出されました。

 

森ビルのこうしたプロジェクトにより、虎ノ門があらたなスタートアップの集積地となっていくことが予想されます。

 

www.gizmodo.jp

 

熊本震災 広がるボランティアの取り組み

4月16日にマグニチュード7.3を記録した熊本の震災。被災から1週間がすぎ、10代や20代の若者を中心に大勢のボランティアが全国から被災地に駆けつけているようです。

 

そもそも日本でボランティアが広まったのは、阪神淡路大震災がきっかけ。震災が起こった1995年は「ボランティア元年」と言われています。

 

僕はボランティアも、ソーシャルキャリアのひとつだと考えています。その意味で、ボランティアをする人が増えることはソーシャルワークシフト、つまり社会課題を解決するはたらき方をする人が増えることにつながる、とてもいい流れではないでしょうか。

 

とはいえ、10代や20代(おそらく学生?)が多いというのは、ひとつの課題かも。時間や労力を考えると、日常の多くの時間を仕事に費やしている人がボランティアに参加することは難しいのは当然かもしれません。

 

印象論ですが、日本では学生時代に社会的な取り組みに関わっていても、就職のタイミングでそこから離れてしまう、「社会的活動からの離脱」現象が起こっているように思います。

 

どうしたら、一般企業ではたらいていても継続して社会的活動に関われるようになるのか。考えて行く必要があるでしょう。

 

digital.asahi.com

 

以上、最新のソーシャルキャリア関連のトピックをまとめました。

それでは、また来週!

 

 

はたらきかたに関する最新トピック4選-2016/4/12-

ニッチな分野であるためか、いまのところ「ソーシャルな働きかた」というテーマで記事を集めたキュレーションメディアは見当たりません。

 

そこでこの企画では、最新のソーシャルキャリアに関するニュースを、4つピックアップして紹介します。

 

「キャリアコンサルタント」が国家資格に

青少年の適職探しを助け、雇用を促進させることを目的として、勤労青少年福祉法等の一部を改正する法律案」という法案により、4月1日にキャリアコンサルタントが国家資格となりました。

 

「Brush up」によると、これにより

  • 「キャリアコンサルタント」に類似する職業名を名乗ることができなくなる
  • 5年ごとに免許を更新しなければいけなくなるので、職業知名度のアップと質の均一化が期待できる

という影響があるそう。キャリアカウンセラーやキャリアコンサルタントをめざす方はかならずチェックしておくべき動向ですね。

 

www.brush-up.jp

 

労働移動支援助成金、支給要件厳格化の方向

労働移動支援助成金は、雇用の安定を図る目的でつくられた制度。しかしこの制度が、逆にリストラを促進している現状があります。人材会社が退職勧奨の方法を企業に提供し、企業はこの制度を使って委託料を抑えた上でリストラをしていたことが先日明らかになったのです。

 

そこで厚生労働省は、労働移動支援助成金の支給要件を4月から厳格化する方針を固めました。政府がすすめる「失業なき労働移動」への道のりは、まだまだ道半ばというところでしょうか。

 

www.corporate-legal.jp

 

「世界で一番貧しい大統領」ホセ・ムヒカ氏が来日公演

世界でいちばん貧しい大統領」と呼ばれた前ウルグアイ大統領 ホセ・ムヒカ氏。日本でもにわかに注目を集めていた同氏が4月7日、東京外国語大学で来日講演を行いました。

 

私たちの人生のすべてを市場にまかせてはいけません。……文明の発展の速度が、創造の速度がどんどん加速度的に早くなっています。そして、本来ならば、その速度にリミット、制限をつけなければいけないけれども、現在はそれを統治する術もなく、その市場の力が、まるで自立的な生き物のように、まるで動物のように1人で加速度的に進んでいます。

 

たとえば、会社内でワークライフバランスを実現するには上司が体現することが大事ですが、国の(元)トップがこのように世界の持続可能性に言及し、なおかつ体現しているのは、その国ぜんたいを持続可能性な方向に進めて行く上でとても大きな後押しになりそうです。

 

logmi.jp

 

障害者差別解消法が4月1日から施行


障害者が健常者と同じように暮らせる社会を実現するため、不当な差別を禁止し、民間事業者を含めて必要な配慮をするよう義務づけている「障害者差別解消法」が施行されました。

 

法律では、国の機関や地方自治体、民間事業者に対し、不当な差別的対応を禁止した上で、合理的な配慮(その場で可能な配慮)を義務づけています。

 

法律はきっかけにすぎません。これを機に、障害者の困りごとによりいっそう健常者がよりそい、社会のなかの障害を取り除いていくながれが加速することが期待されます。

 

www.tokyo-np.co.jp

 

まとめ

以上、最新のソーシャルキャリア関連のトピックをまとめました。なるべく毎週、こうしたトピックまとめは更新していきたいと思います。

 

それでは、また来週!

 

 

なぜ僕が「キャリア」を仕事にしようと決めたのか

私事で恐縮ですが(といっても自分のブログなのですが)、2016年4月1日から、NPO法人ETIC.で働き始めました。

 

これまでは企業のオウンドメディアの運営・制作をしていまいたが、これからの主な業務としては、

(1)地方(主に東北)の企業と首都圏の人材をマッチングする仕事

(2)地方のスタートアップや起業家、はたらく人たちをメディアで発信し、「ローカルイノベーション」のながれをつくる”Web編集者”の仕事

のふたつになります。

 

なぜ次の挑戦の場として「キャリア」の分野を選んだかというと、自分じしん仕事選びでは悩んで悩んで、鬱みたいになってた経験があるから。学部を卒業後正社員として就職できず、「ちゃんと働くことができない自分って、ぜんぜん存在価値ないよな」と思っていた時期がありました。

あれはつらかった…。

 

しかしその後、Web編集者として、会社員、起業家、芸人、スポーツ選手などさまざまな方を取材するなかで、「”ちゃんと働く”の”ちゃんと”って、なんなんだ?」とわからなくなりました。働き方には本当にたくさんの選択肢があって、僕の思っていた「東京の大企業の正社員=”ちゃんと”働いている人」なんて、思い込みかもしれんぞと。

 

いまは働き方に地殻変動が起きていて、働く場所や形態、時間など、これまでの当たり前が当たり前になくなりつつあるタイミングだと思います。だからかつての僕みたいに、働くことについて悩む人にたいして、「こんな働き方ありまっせ」「こんな仕事ありまっせ」と、”働き方の選択肢”を差し出すことができるようになりたい。というのが、今の思いです。

 

というわけで、これからちょくちょく、仕事で学んだことや考えたことをこのブログでまとめて行こうと思いますので、ときどき見に来てくれると嬉しいです。

求職活動がもたらすアイデンティティへの影響とは?-『まなざしの地獄 尽きなく生きることの社会学』見田宗介-

”はたらく”ということは、ときに自分の存在の証明となり、ときに自分の存在の否定ともなります。

 

たとえば就職活動のときには、企業が求めるような履歴書を書くことが大切になります。が、まっさらな履歴書を前にして「なにも書けることがない。自分はダメな人間なのだろうか…」と憂うつな気持ちになる…僕にはそんな経験をした覚えがあります。

 

いったいあの、「自分はダメな人間なのだろうか」という憂うつは何なのか。その出所を示してくれるのが、社会学見田宗介さんの『まなざしの地獄 尽きなく生きることの社会学』です。

 

見田さんはこの本で、1968年から1969年にかけて無差別殺人を犯した19歳の青年N・Nを分析対象として、60~70年代の日本社会の階級構造と、それを支える個人の生の実存的意味を明らかにしています。

 

今回はこの『まなざしの地獄 尽きなく生きることの社会学から、求職活動がもたらすアイデンティティへの影響を考えてみましょう。

 

注目ポイント

『まなざしの地獄 尽きなく生きることの社会学』で僕が注目したのは、次のようなポイント。

 

・1960年代以降、農村共同体の解体が解体され、農村は都市へ労働力を供給し続ける場所となった。(17頁)

・農村を出た若者は、農村のしがらみからの開放への希望、つまりひとりの人間として「尽きなく存在する」希望を抱いて都市に出る(19頁)

・一方で、都市が要求するのは青少年自身ではなく「新鮮な労働力」、言い換えれば金を生む「金の卵」にすぎない。(19頁)

・若年労働者を「金の卵」と捉える都市の論理にとって、この物質に着いてくる「自由=存在」は”招かれざる客”(21頁)

・若年労働者がわからすれば、「金の卵」として見られることは自らの自由をからめとり、限界づける「他者たちのまなざしの罠」に他ならない(22頁)

・「都市のまなざし」とは、服装・容姿・持ち物などといった具象的な表相性にしろ、出生・学歴・肩書きと言った抽象的な表相性にしろ、ある表相性においてひとりの人間の総体を規定し、予科するまなざし(40頁)

・人間の存在とは、社会的にとりむすぶ関係の総体に他ならないが、これらの表相性へのまなざしは、都市の人間がとりむすぼうとする関係を偏曲させ、都市の人間の存在をその深部から限定してしまう(41頁)

若年労働者が自由な主体として「尽きなく存在」しようとするかぎり、こうした「他者たちのまなざし」こそ地獄(41頁)

 

考えたこと

 

この本で分析されているのは、60~70年代の日本です。しかし、この本で書かれている問題の構造は、ちょうど僕がまっさらな履歴書を前にして感じた憂うつな気持ちと同じものであるような気がします。

 

つまり現代の求職活動おいても、仕事を通じて自分らしい人生を実現したいという個人と、個人を労働力つまり「金の卵」としてみる組織とのあいだのズレは存在しているのではないでしょうか。

 

求職活動を通して、多くの場合個人は組織が求める「金の卵らしさ」、つまり高い学歴やバイトで粘り強く働いた経験や海外でのボランティア活動などをアピールすることが求められます。

 

それらが自分にはないと感じられた場合、あるいはあったとしても自分らしさをあらわすことがらではないと感じた場合、「金の卵らしさ」を演じることは個人のアイデンティティに裂け目を生み出します。僕がまっさらな履歴書を前にして感じた憂うつも、そのように「自分を金の卵として魅せなければいけないことへの違和感」が根っこにあったのでしょう。

 

違和感がありつつ、「金の卵らしさ」を徹底的に演じきれる人もいます。一方でやはり、演じることができずに傷つくひともいます。後者の、「自分らしく働きたい」という思いを損なうことのない求職活動のありかたはどのようなものなのか。またあらためて考えて行きたいと思います。