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働きかたを編集する

働きかた編集者 山中康司の備忘録

TWDW2016サテライトプログラム「卒東京のキャリア論 」モデレーターを務めました

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先週の月曜日、働き方の祭典「Tokyo Work Design Week2016」のサテライトプログラム「卒東京のキャリア論 」にてモデレーターを務めさせていただきました。
 
「東京の大企業で、正社員として働くべきだ」という、誰かが決めたレールの上で、「本当はこう働きたいんだけど…」という思いとのギャップに悩んでいる人は、少なからずいると思います。かつての僕も含めて。
 
自分が心からそうした働き方を望んでいるのだったらいいのだけど、周りがそうしているからとか、親がそうすべきだ言っているからとか言った理由で働き方を選んでいるとしたら、すごくもったいない。他ならない自分の人生なのだから、ハンドルは自分が握っていたいですよね。
 
だから、「東京の大企業の正社員として働く」というのとは違う選択肢があるよ、もしかしたらこっちの方が楽しいかもよ、ということを少しでも多くの方と共有できたらな、と思って企画したイベントでした。
 
ゲストのみなさんも言葉も本当に胸に刺さるものばかりで、特に「東京を離れてしまうと、キャリアが途切れてしまうのでは?」という問いに対する「”キャリア”ってなに?履歴書に書ける職歴のこと?本当にそれが大事なことなの?」というゲストの皆さんの投げかけはすごく本質的で。
 
そう、「キャリア=履歴書に書けること」ではないんですよね。履歴書なんてとっぱらって、本当に自分がしたいことは何なのか、一緒にいたい人は誰なのかを自分に問いかけた時に、住む場所は東京ではなくていいかもしれない。(もちろん、東京にいようという選択もある)。
 
このイベントが、改めて自分にそんな問いを投げかけるきっかけになっていたら、すごく嬉しいです。
 

【偉人に学ぶ働き方】渋沢栄一に学ぶ、”徹底して現実主義であること”

日々をすごすなかで、「この人のように生きれたら」という人物がいることは大きな指針になります。かつては船で航海するとき、北極星を見て位置や方向を確認していたといいますが、人生においてもなにか選択を迫られたとき、まるで航海者にとっての北極星のように、進むべき方向に導いてくれるのが、「この人のように生きれたら」という人物、つまりロールモデルとなる人物です。

 

渋沢栄一という人物

僕にとっても、ロールモデルとなる人物が何人かいます。その一人が、今回紹介する渋沢栄一という人物。教科書にも出てくるので、言わずと知れた…と言ってしまっていい人物かもしれませんね。「何をした人かわからない」という方も、その名前くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか。

 

渋沢栄一(1840-1931)は、日本に「株式会社」というしくみを持ち込み、生涯に約500の企業の育成に関わった「日本資本主義の父」と呼ばれる人物。「道徳と経済はどちらが欠けてもいけない」という「道徳経済合一説」を唱え、約600の社会公共事業に関わりました。

 

今でこそ、企業のCSRCSVなどの言葉が一般的になり、個人の働き方としても社会的な取り組みをすることが一つの選択肢になっていますが、少し前、とくに高度経済成長期には企業も個人も「お金を稼ぐこと」が大きな価値の基準だったかと思います。それが、日本に資本主義を取り入れた人物が、そもそも「経済と道徳(社会のために良いことをすること)は車の両輪で、どちらが欠けても持続できない」ということを言っていたのですから、その先見の明には驚かされます。

 

徹底した現実主義者

渋沢栄一という人物が為したことは、とうてい僕のような人物には真似できません。ただ、渋沢栄一ロールモデルとしたとき、なにか自分にも指針となるようなことが見えてきそうです。

 

いったいなぜ、渋沢栄一は100年後の未来でも通用するような考え方を、近代日本の黎明期に持つことができたのか。渋沢栄一に関するいくつかの文献を読むと、”徹底した現実主義者だったことが、その背景にあるんじゃないかと思うようになりました。

 

守屋淳は、渋沢栄一の人生は5つの異なるステージに分けられると述べています。

 

1.尊皇攘夷の志士として活躍した時期

2.一橋家の家来となった時期

3.幕臣としてフランスに渡った時期

4.明治政府の完了となった時期

5.実業人となった時期

(引用:『現代語訳 論語算盤守屋淳

 

さらにこれらの転身は、当時の「尊皇攘夷」「文明開化」「明治維新」「殖産興業」という大きな流れのなかでのことだったといいます。

 

特に劇的なのは、高崎城の焼き討ちという、現代でいえばテロにあたる計画を主導していた尊皇攘夷の志士であったのに、いち志士の力では時代は動かせないとみるや幕府側であった一橋家の家来となり、さらには討つべき相手であるはずの外国人が住む土地、ヨーロッパへ渡るまでに至る転身。一見すると一貫性がないように思えますが、”この国をいかによくするか””そのなかで自分の力をいかに発揮できるか”という点をつきつめ、時代の趨勢と照らし合わせて現実的は判断をした結果が、こうした転身に結びついていったのでしょう。

 

 『論語算盤』で語られた「道徳経済合一説」にしても、現実的な判断からみちびきだされています。この説は、「利益を追求するだけでなく、倫理的に良いことをしよう」といった感情的な呼びかけではありません。「社会がより良いものになるためには、経済が豊かになることが必要だ。一方で、経済が持続するためには倫理が必要だ」という、現実的な判断にもとづく考え方なのです。

 

「みんながこうしているから」は判断基準にならない

 自分自身をかえりみてみると、つい感情的な判断をしがちです。特に多いが、「みんながこうしているから」という理由で判断すること。でも、「みんながこうしているから」というのは、その判断が間違っていたときの言い訳にはなっても、その判断か正しいかどうかとはあまり関係がありません。

 

生きていると、大きな判断に迫られる場面がやってきます。その時、「みんながこうしているから」ではなく、自分の意見とは反する情報まで徹底して集め、偏見を持たず、冷静に判断する。そのことが、人生を望む方向に進めるために大事なのだと、渋沢栄一の生き方は気づかせてくれます。

 

 

 

 

NPO職員はモテないのか

NPO職員はモテないイメージがある」ということをFacebookで投稿したら、「そんなことないぜ」というコメントがありました。

 

NPO職員だからモテない・評価されない」というではない

僕は「モテない」を「正しく評価されていない」という意味で使ったので、かなり誤解を生んだ部分もあると思います。ただ、いずれにせよ「NPO職員だからモテない・評価されない」ということではなさそう。だって、じっさいにNPOに勤めていても、きちんと評価を得て活躍している方もたくさんいるんですから。

 

肩書きに依存していないか

NPOに勤めていて、「自分の活動が、家族や友達にきちんと評価されていないな」と思ったとすると、それは”肩書き依存”しているのかもしれません。

つまり、自分を他人に売り込むときに、肩書きに頼ってしまう癖が抜けていない。とくに有名大学出身だったり、大企業経験者だと、その傾向が強くなるのかも。

例えばそれまでは、「○○大学の山中です」といえば「おお、なるほど!」といちおうの評価を得ることができていたのに、NPOに勤め始めると肩書きで評価を得るのが難しくなる。

まるで、水戸黄門が印籠をなくした途端に、誰からも敬われなくなるみたいに。(そんな話があったわけじゃないですが)

 

NPO職員にとって大切な”セルフブランディング

NPOに限らず、一般的に知名度が高くない組織で働いていたり、あるいはフリーで働いていたりする場合には、”セルフブランディング”がとても重要になるのだろうな。

つまり、自分でやったこと、できることをきちんと伝えること。しっかりと結果を出していて、なおかつその結果を言語化して伝える言葉できれば、NPO職員だろうときちんと評価されるはずです。

NPOはモテないや」じゃなくて、きちんと自分の評価は自分でつくる。組織に寄りかかれないぶん、試されてる感じがして、ちょっとわくわくしちゃうな。

【漫画から考えるしごと論】働くとは、人のために動くこと-『重版出来』-

自分はなぜはたらくのか。生活の糧を得るため、自己実現のため、誰かに認めてもらうため…答えは十人十色だと思います。

 

僕も大学次代からずっと、「なんではたらくんだろう」と考え続けてきました。そして、正直なところ、いまだに答えは出ません。

 

物語の内容

そんな「自分はなぜはたらくのか」を考えるうえで、とてもおもしろい漫画が『重版出来』です。

 

元柔道の選手で、勢いと笑顔と体力が武器の新人編集者・黒沢心の奮闘を描いたこの漫画では、1冊の単行本の誕生に関わる「作るひと」から「売るひと」までのドラマが描かれています。

 

出版業界が舞台ですが、仕事への向かい方、仲間とのコミュニケーションなど、出版業界以外ではたらく人にとっても多くのことを気づかせてくれる、とても魅力的な仕事漫画です。

 

働くとは、人のために動くこと

そのなかでも、とくに「いいなぁ」と思ったのは、「働くとは、人のために動くこと」という言葉。ちょっと手もとに漫画がないので(TSUTAYAに返してしまった…)正確な文言はこれで合っているか不安なのですが。

 

「働」という感じを分解すると、「人」と「動」に分けられる。「働」は日本で生まれた漢字で、働くとは、人のために動くこと」という、日本人の価値観がよくあらわれている…と、そんなふうなことが語られる場面があります。

 

お金を稼ぐため、誰かに認められるため、社会を変えるためといったように、はたらくことに対する意味合いは人それぞれですが、よく考えると、どれも「人のために動くこと」に他ならないんですよね。その「人」が、自分だったり、恋人だったり、遠い国の子どもたちだったりするだけで、きっと「人のために動く」ということは変わりないのかもしれません。

 

自分は誰のために動く?

そう考えると、「自分はなぜはたらくのか」という問いは、「自分はだれのために動くのか」と言い換えることができるでしょう。

 

僕はいまは、「家族のため」と答えます。でも、これから変わっていくかもしれません。さてみなさんは、「だれのために動く」と答えるでしょうか。

 

 

 

 

 

 

【雑記帳】キャリアって、物語なのかもしれない

もともとしがない編集者をやっていた僕が、いまではキャリアコンサルタントを目指しています。編集者とキャリアコンサルタント。一見するとまったく違うように思えますね。でも、僕のなかでこれらを仕事にした背景にあった価値観はおなじでした。

 

それは、”ひとが物語るお手伝いをする”ということ。

 

編集者のときは、インタビュー相手の語りを引き出すこと、その人自身すら気づいていない、その人にしかない物語を紡ぎだすことが、大事な仕事のひとつで。編集者の仕事はほかにもたくさんあるんだけど、働いていくなかで「あぁ、僕がいちばん楽しいと思えるのは、”ひとが物語るお手伝いをする”ことだな」と思うようになりました。

 

じゃあ、もっと”ひとが物語るお手伝いをする”ことができる仕事ってないものか。そうして出会ったのが「キャリアコンサルタント」という仕事だったんです。

 

自分という主人公が、いろんな人と出会い、困難に直面して挫折しながらも、乗り越えて成長していく…。キャリアって、”物語”に他ならないですよね。そして、脚本を描くのも、主役を演じるのも自分。そういう意味では、だれもが人生という物語の主演・脚本を担っているんです。

 

『ロッキー』のシルベスター・スタローンじゃないのだから、それはとても難しい作業に違いありません。だから、ひとりひとりが自分の物語をつくりあげていくお手伝いをする役割が求められています。それがキャリアコンサルタント」です。

 

小説家の小川洋子さんは「生きることは物語ること」と言っています。言い換えるなら、だれもが物語をつくることによって、自分の人生を意味付けている。逆に言えば、いい物語をつくれないと、自分の人生の意味を見失ったり、「なんで自分だけこんな人生なんだろう」みたいな、暗い気持ちで生きて行くことになってしまうかもしれません。

 

だから、個人が素晴らしい”物語=キャリア”をつくっていくお手伝いをする「キャリアコンサルタント」は大切で、とてもやりがいのある職業だな、と僕は思っているのです。

 

とはいえまだなっていないので、悪いところは見えていないんですけどね。”ひとが物語るお手伝いをする”という価値観は、これからもあまり変わらないように思います。

 

 

【映画から考えるしごと論】社会的活動は和を乱す?-『スポットライト 世紀のスクープ』-

「社会的活動」と聞くと、なにやらいいことをしているような印象を持つでしょう。でも、ときには社会的活動だと思えるような取り組みが、周囲の人からの批判にさらされることも。

 

映画『Spotlight』では、そんな「社会的な活動なのに、批判をあびてしまう」ジレンマが描かれています。

 

spotlight-scoop.com

 

物語の内容

2002年、アメリカの新聞「ボストン・グローブ」が、「SPOTLIGHT」と名の付いた新聞一面に、衝撃的な記事を掲載しました。ボストンの多くの神父によって子どもたちへの性的虐待が行われ、カトリック教会がその事実を知りながらも隠蔽していたというのです。映画ではひとびとに衝撃を与えたこのスキャンダルの背景に会った、ジャーナリストたちの戦いが描かれています。

 

とくに興味深かったのは、ジャーナリストたちが真実に近づきつつある終盤、教会のみならず友人や同じ地域に住む住人たちからも、「深入りするな」「記事を掲載するな」と圧力をかけられる場面。正義感にのっとって真実を追いかけるジャーナリストに対し、「社会の調和を乱さないでくれ」といったような批判が投げかけられるのです。

 

社会的活動は同調圧力にさらされる

「社会的活動」とは、とてもあいまいな言葉ですが、多かれ少なかれそれまでの社会のあり方やルールを変えることをめざしています。そのルールの背景にとても大きな権力が潜んでいたり、そのあり方がコミュニティにしっかり根付いていたりしたときに、社会的活動は「和をみだすな」という圧力にさらされるのでしょう。

 

的外れな批判を笑い飛ばせるか

ドラスティックに社会を変えようと思ったら、一緒に戦う仲間を見つけたり、批判を受け流せるくらいタフになるなどして、同調圧力をはねのけることが必要です。以前会ったことがある社会起業家は「的外れな批判は、仲間たちとの笑い話の種にしていますよ」と言っていました。なんてタフなんだろう。

 

僕は正直、そこまでのタフさはなさそうです。さて、みなさんはいかがですか?

はたらきかたに関する最新トピック3選-2016/4/27-

さて今週も、最新のソーシャルキャリアに関するトピックを4つピックアップして紹介します。

 

第三者の事業を引き継ぐ「継業」が注目集める

 

「継業」というはたらき方を選ぶ人が、いま増えているそうです。

 

継業とは、後継者が不在の経営者と継承希望者がマッチングし、事業を受け継ぐこと。

こうしたはたらき方が増えている背景には、後継者不足に悩む経営者が多くいることや、地方志向が高まっていることがあるよう。

 

すでにノウハウが蓄積されていたり、はたらく場はすでにあったりするので、起業よりも低リスクで事業が行えるメリットがありそうです。新しいはたらき方の選択肢として、チェックしてみてはいかがでしょうか。

 

doda.jp

 

虎ノ門界隈があらたなスタートアップの拠点に?

4月13日に森ビルは、虎ノ門ヒルズ界隈に3棟の超高層タワーを建設する計画を発表。あわせて発表された、新虎通り沿いの「新橋29森ビル再開発プロジェクト」で、同ビルに小割りのインキュベーションオフィスやイベントスペースを作り、スタートアップが集まるインキュベーションセンターとして機能させていくことが打ち出されました。

 

森ビルのこうしたプロジェクトにより、虎ノ門があらたなスタートアップの集積地となっていくことが予想されます。

 

www.gizmodo.jp

 

熊本震災 広がるボランティアの取り組み

4月16日にマグニチュード7.3を記録した熊本の震災。被災から1週間がすぎ、10代や20代の若者を中心に大勢のボランティアが全国から被災地に駆けつけているようです。

 

そもそも日本でボランティアが広まったのは、阪神淡路大震災がきっかけ。震災が起こった1995年は「ボランティア元年」と言われています。

 

僕はボランティアも、ソーシャルキャリアのひとつだと考えています。その意味で、ボランティアをする人が増えることはソーシャルワークシフト、つまり社会課題を解決するはたらき方をする人が増えることにつながる、とてもいい流れではないでしょうか。

 

とはいえ、10代や20代(おそらく学生?)が多いというのは、ひとつの課題かも。時間や労力を考えると、日常の多くの時間を仕事に費やしている人がボランティアに参加することは難しいのは当然かもしれません。

 

印象論ですが、日本では学生時代に社会的な取り組みに関わっていても、就職のタイミングでそこから離れてしまう、「社会的活動からの離脱」現象が起こっているように思います。

 

どうしたら、一般企業ではたらいていても継続して社会的活動に関われるようになるのか。考えて行く必要があるでしょう。

 

digital.asahi.com

 

以上、最新のソーシャルキャリア関連のトピックをまとめました。

それでは、また来週!