キャリアの物語をつむぐ

働きかた編集者 山中康司のブログ

お金2.0時代の働き方を「壁と卵」で考えてみる

働く個人は、「金の卵」である必要があった--。

 

社会学者の見田宗介さんは、『まなざしの地獄 尽きなく生きることの社会学』のなかで、高度経済成長の裏で、それを支えた個人のアイデンティティが蝕まれていたことををていねいに分析している。

 

ごくごくざっくりとまとめてみると、次のようなこと。

 

急速な経済成長を実現するためにはたくさんの労働力が必要で、そのために農村から若者が都市へとかりだされた。

 

若者は、都市に夢を持って(おらこんな村いやだ!的な気持ちで)、都市で自分のやりたいことを実現したいと思って上京するのだけれど、都市の企業が(あとは国が)求めてるのは、個性なんてものを持たずにただ利益を生み出してくれる「金の卵」としての若者だった。

 

「金の卵」は、内側から食い破ることができない。個性を出そうと思っても、システムがそれを許さない。「金の卵」として働くうちに、若者の個性、アイデンティティはむしばまれていく……。

 

(くわしくは過去のエントリをご参照ください)

求職活動がもたらすアイデンティティへの影響とは?-『まなざしの地獄 尽きなく生きることの社会学』見田宗介- - キャリアの物語をつむぐ

 

自分が「金の卵」として見られていると考えたら、なんだか気持ちが滅入ってしまうのだけれど、なにもそれは過去の話じゃない。見田宗介さんが分析したように、個人が「金の卵」として働かされ、そのことが個人のアイデンティティをむしばんでいくような状況は、今でもあるはずだ。「一億総活躍社会」の背景には、個人を「金の卵」として見るような考え方が透けて見えるような気もする。

 

お金2.0時代の働き方

 

ただ、最近では働く個人をめぐる違った状況も生まれてきてる。

 

特に、今話題のメタップス創業者佐藤航陽さんの著書『お金2.0』では、すごくヒントになることが語られていた。

 

『お金2.0』でぼくがポイントだと思ったことをざっくりまとめてみると。

 

・資本主義では資産経済(お金からお金を生み出す、金融経済)が膨張し、世の中の人々が感じる価値と乖離が起きた。

・さらに、テクノロジーの発展も加わり、「お金」は価値を保存・交換・測定する一つの手段にしかなくなっている。

・そのため、お金などの資本に変換する前の「価値」を中心にした世の中になる。(これが「価値主義 valualism」)。

・価値とは、

①有用性としての価値:役にたつこと。これまでの資本主義で重視されていた。

②内面的な価値:愛情、共感、興奮、好意、信頼など、人々の内面にポジティブな効果を及ぼすこと。

③社会的な価値:社会の持続可能性につながること。

・価値主義では、これらの価値を最大化しておくことが最も重要。

 

こうした「価値主義」がひろがるなかで、個人のキャリア形成のありかたも変わりつつあるみたいだ。

 

これまでのように有用性としての価値=スキルや経験だけでなく、信頼や共感といった内面的な価値、持続可能性への志向といった社会的な価値を高めていくことが大切になる、と本の中では述べられている。

 

たしかに、最近では、個人が擬似株式を発行できる「VALU」や、

 

valu.is

 

個人の時間を売り買いできる「Timebank」、

timebank.jp

 

自分のページでレビューを貯めることで信用を可視化できる「MOSH」、

 

mosh.jp

 

など、内面的な価値や社会的な価値を保存・交換・測定できるようなサービスも次々に生まれている。

 

こうしたサービスの後押しもあって、佐藤航陽さんが言うように、お金2.0の時代は、個人も有用性だけではなく内面的・社会的価値を高めることが、就職や転職、独立につながるようになるはずだ。

 

 キャリアの壁と卵

 

個人を「金の卵」として見る、とは、「有用性としての価値=役にたつこと」というものさしに個人を押し込める、ということ。そう考えると、お金2.0の時代には、「金の卵」は減っていくのかもしれない。

 

というか、ぼくはキャリアコンサルタントとして、採用、人材系サービスに関わる人間として、「金の卵」を減らしていきたい。そして、卵が卵として、やわらかな個性を持ったまま、その個性を羽ばたかせられるように支援をしていきたい。

 

組織やシステム側が、利益をうむ「金の卵」であることを個人に望んできたとしても、それを選ばなくてもいい選択肢をさらに増やしていけたらいい。VALUのようなサービスを作るのもそうだし、有用性としての価値以外が価値としてみなされるコミュニティを作るのもいい。

 

さらに、選択肢があってもそれを知らなかったり、その中から選ぶのが難しかったりするので、その選択肢からきちんと個人が自らに合った選択をできるように支援していく必要があるし、「選びたくても、サービスの使い方がわからない!」という人もいるので、リテラシーを教える必要も出てくるかもしれない。

 

ただ、「いや、私はスキルや経験を身に付けて、会社の売り上げに貢献したいんですよ」と個人が思うのなら、それは尊重しないといけない。問題なのは、個人が望まないのに、「金の卵」として搾取されているような状況があることだ。

 

村上春樹さんは、エルサレム賞の受賞スピーチで次のように言っていた。

 

もし固く高い壁と、それにぶつかって壊れてしまう卵があったら、私は卵の立場に立ちます。
なぜなら、私たち人間は皆システムという高い壁に直面している卵だからです。

 

ぼくのキャリアコンサルタントとしての立場も同じで、壁と卵があったら、卵の側に立ちたい。

 

村上春樹さんは、そのためにペン(というかPC)と想像力を武器にしているけれど、ぼくはキャリアコンサルタントとして、なにを武器にしていこうか。「卵の側のキャリア支援」の方法については、もうちょっと考えてみたい。